資本主義社会の終わり
私は、資本家ではなく、法人設立時の寄付者である。
外国では、創設者、founderと呼ばれる。
私は、毎年、財産を社会福祉法人に寄付をしている。
株式会社については、株主であり、所有者、ownerと呼ばれる。
医療保険事業については、医療法人しか認められていない。
その医療法人については、持分のある法人と、ない法人がある。
湖山Gにおいては、医療法人財団、持分のない医療法人で構成されている。
他は、社会福祉法人、NPO、財団、社団などである。
株式会社もあり、将来の上場を目指したが、現在は、計画を見直し中である。
上場をすれば、社会の公器となると考えたが、上場のマーケットは、競争が厳しい。
資本の論理で、こやまケアを実現できるか、悩みどころで躊躇している。
ヤマト運輸は、上場して、その株45億円で、やまと福祉財団を設立した。
株の配当で、福祉事業が成立している。
その前例を頭に置いていたのだが、今は悩んでいる。
自由主義経済社会資本主義日本。
成長する為には、資本の成長が必要だ。
でも、その圧力は、無限の成長を強要する。
新たな成長の為に、コストカットや、海外展開や無理な買収を強要される。
介護事業で、将来は、株主への配当の負担は重い。
私の株式会社は、配当しない。
上場したら、配当をしなければならない。
それだけの利幅と、成長が、将来の医療福祉事業にあるだろうか。
人生2度目のバブル崩壊を迎えようとしている現在。
私は、マーケットを慎重に、控え目に見つめている。
人口も減る、下り坂日本の社会保障を支える、湖山Gの経営を考えている。
やっと、資本主義の時代は、終わりを告げるのかもしれない。
その先の、市民主義の世界は、来るのだろうか。
非営利法人による、湖山市民主義の時代が理想だ。
能登地震254日 血糖186
湖山G代表 サンダーバード代表 健康の駅理事