慈善の販売経費
泰成君は、大学生である。
週末は、新宿の歌舞伎町やゴールデン街にたむろする。
そこに集まるのは、作家や監督や役者の卵。
自称、学生運動の革命の闘士の残党。
私は、戦争反対や環境問題の市民運動は応援していた。
隣のカウンターで酔うほどに泣き崩れる元学生は、どう見ても、革命の闘士には、もともと向いていなかったのだと思った。
私は、最初から、竹林の賢者を目指し、ノンポリと称される軟弱平和市民だった。
今もそうである。
そんな、新宿は、学生演劇のたまり場でもあった。
その後の大御所になる監督や役者が飲みに来ていた。
どのバーも、隣の呑助は、突然にして親友になり変わる。
でも、その先は、演劇のチケットや、コンサートのチケット販売合戦になる。
友人の舞台やコンサートのチケットを持っていると言う。
当然、買ってあげなくては思う。
当時の泰成君は、映画の方が面白いのだけどもと思いながらも、隣のその日ばかりの飲み仲間の持っているチケットを買ってあげる事になる。
何故か、その人は、一枚だけ残っているのだがと、決まって言う。
あなたに差し上げたいと言う。
そんな事は出来ない。
新宿の酒場でカウンターで、サントリーの白を1人呑んでいるその人が、お金持ちでない事はわかっている。
当時、芝居仲間は、皆、アルバイトに明け暮れて、演劇に入れ込んでいた。
授業など出たことはないはずだ。
早稲田7年生もいた。
必ず来て欲しいと言われながらも、お金だけ払っても、そのチケットはまた、誰かにあげてしまう。
泰成君も、転売できればという邪心があったかもしれないが、成功した事はなかったはずだ。
つまり、チケットを売るには、お金と時間がかかると言うことだ。
女子学生に相談がると喫茶店に誘われて行くと、大抵、恐る恐るカバンからパンフレットかチケットが出てくる。
早く飲みに行きたい泰成君は、迷わず、そのチケットを買った。
一体、何枚買った事か。
週末の舞台に足を運んでも、酔って寝ていたのではないか。
皆、オーバーアクトで、絶叫しまくっている。
面白いわけがない。
小市民のマクベスばかり出てくる。
その頃の記憶のせいか、私は、会議中で、突然シェークスピアの舞台のハムレットかロミオと化す。
絶叫しまくるのだ。
誰か止めてくれ。
何を言いたかったのか。
チケットを売るには、手間と経費がかかると言う事だ。
喫茶店でのコーヒー代と交通費と、時間と。
アルバイトの時間が減るのだから。
私は、当時から、良いスポンサーだったのだ。
それで、芸術や舞台や映画を知るようになったのだ。
夢と野心だけで、才能もお金もない若者が大好きだったのだ。
自分は、いつも舞台の上ではなく、観客席にいた。
何故だろう。
己の才能のなさの自覚はあったわけだ。
努力するより、本を買って読む。
チケットを買って、舞台映画を観る。
そりゃ、お金持ちの観客の方が楽だもの。
でも、夢見る若者を愛し、励ます役も必要だ。
さして、今となって記憶に残るのは、妹の舞台や、恋人が監督する映画のチケットを必死に捌こうとしている目の前の姉や恋人だ。
何故、こんな事を思い出したか。
最近のマスコミを賑わす、政治家のパーティーチケットの問題だ。
私の所にも、政治家のパーティーチケットを持ってくる秘書の方が大勢来る。
医療福祉に理解のある政治家先生のパーティーであれば、最低2枚は必ず買う。
最低は、と言うところが、私だ。
その秘書や、後援会の人は、手間とお金をかけている。
ネットで申し込んでくれるわけではない。
その、領収書を書いてもらえない、訪問経費や手土産の経費に充てているお金もあるのではないか。
そうは言っても、インボイスを強要する政治家が許されるわけではない。
税務申請に、もっと交際費枠を認めたらどうか。
昔、作家や開業医は、75%経費概算申告が認められていたと思う。
今は違うだろうが。
政治資金も、1割は、領収書なしの、秘密経費を認めてあげたらどうだろう。
内閣官房機密費みたいに。
建設業者から裏リベートをもらうより、まともだ。
さて、私が購入する政治家パーティーチケットは、これからは、最高2枚だけで済まそうと思う。
どちらも、同じチケット販売だ。
推しの役者の為に。
尊敬する先生の為に。
他人の為に足を運んでくる人の、その真心を買うのだ。
お金がある人は。
私は、役者にも、監督にも関心はない。
舞台の上の虚構の世界は、好きだけど。
醜い辛い現実よりも。
だから、この年になっても、ディズニーと映画館に通うのだろう。
さあ、これから、風呂に入って、現実の社会に立ち向かう1日が始まる。
いや、間違えた。
今日は日曜日だ。
テレビで映画を観る日となる。
日曜日はダメよ。
メリナ・メルクーリのギリシャが舞台の映画を思い出した。
最近の私の連想は、とりとめがない。
人生は舞台。街は劇場。
酔っ払った私は、そんな事を、わめいていた。
深夜の新宿の路上で。
パルスオキシメーター 95・97・98
体温36.4 血糖171 深夜のアンパンマンのパン
老いたるハムレット 代表 湖山 泰成