部活動時間に教員は不要
泰成君の高校は、都立で、もともと旧制高校であったので、生徒の自主性が認められていた。
泰成君は、写真部、図書委員会の部長を兼ねていたが、好き勝手にしていたので、今や誰が担当教員であったかも思い出せない。
でも、運営方針については、毎回、選挙戦をするくらい、部内で路線対立があり、論争を重ねていた。
その高校は、学生運動も起きていたので、まだ、その残滓が残っていた。
運動部の練習も、体育の時間も、殆ど、生徒の自主競技で、たまに、体育の先生が覗きに来るくらいだったと思う。
図書室の上の屋根裏部屋が、写真部の暗室だったので、そこに図書室の本を持ち込んで、1人、写真の焼き付けをしながら、本を読む毎日だった。
授業も、自主学習が多く、サボって、図書室にこもっていたと思う。
とにかく、今は、教師が生徒に構いすぎる。
これも、親が悪い。
自分が躾をしないで、学校の教師のせいにする。
勉強は塾でするから、学校の教師は、躾をしてほしいと言った親がいたそうだ。
笑える、というより、悲劇だ。
親は、マンツーマンのはず。
両親が関われば、2対1となる。
教師は、その頃は、50人の生徒を担当していた。
その教育のせいで、その後の日本の若者は、先生、上司の指導教育がなければ、自主的に学ばなくなった。
社会人になっても、個人的に部下を育てることも、しづらくなった。
また、カリキュラムや研修で教わらなかった事は、自分の落ち度ではなく、会社のせいだと思うようになった。
最近の若者は、真面目で素直な風に見える反面、自主的な勉強、行動がないように思う。
戦後教育の弊害だ。
その結果が、我が身なのだが。
介護や、保育においてもそうだと、言っているわけではない。
家族に、察して欲しいとは、思っているのだが。
その、老人の子供、幼児の親も、既に、戦後教育の賜物の国民。
自立しよう。
勿論、我が身に言っているのだ。
と言っても、最近は、朝の身支度も面倒に感じるようになった。
スーツやベストのポケットに入れる小物も多いので、いつも、1つは忘れてしまう事が多くなった。
服を着替えると、チェンジポケットに小銭が残っていたり、シャツのポケットにカードや名刺が残っていたり。
これは、学校教育ではなく、別の問題だった。
ボケは、神様のくれた贈り物。
でも、スタッフに迷惑の掛からぬように、日々、努力している。
気持ちだけは。
能登地震 150日 もうすぐ、半年が経とうとしている。忘れてはいけない。
血糖131 昨夜はコンビニの菓子パン 美味しいのでびっくりした。
湖山G代表 サンダーバード代表 湖山泰成