1960年代の日本
私は、世代論争、年代考察が好きである。
1955年、昭和30年生まれの小生は、1960年代に感性が育ったと思う。
年表を見ると、その年代の事件や流行を思い出す。
その頃の日本は、高度成長期。
勇気、努力、勝利を信じた時代。
いつも、明るい未来を夢見ていた。
今は、未来を夢見なくなった時代だ。
それはそれで、成熟し、枯れて来て、平和と静謐が訪れるのなら、悪くはない。
少なくとも、70歳の老人にとっては。
新しい事を追い求める情熱は、どこに行ったのだ。
子供の頃の味に、懐かしさを覚える。
それは、余裕か、完成か、退化か。
政治の世界は、仕切り直しらしい。
日本再生の道に戻ってくれるのなら、嬉しい。
でも、あんまり頑張らなくても、生きていける社会になって欲しかった。
でも、私自身は、最後の頑張りが必要となった。
人生マラソンも、最終コーナーは心臓が辛い。
でも、生きる証の鼓動を意識するような毎日になった。
一日一日が、貴重で、大事に思えるようになった。
一食一食のメニューが、気になるようになった。
映画が、毎日の風景でなくなり、大事な人生の思い出となった。
後、もう一作で良いから、良い映画を観たい。
毎日そう願うようになった。
自分の人生に満足したのか、達観したのか。
どうして、こんな事を考えるようになったのか。
足が止まっているのだ。
足れ、泰成。
考えるな。
血糖251 KitKat 東京島レモン さっぱり味。
鉄板焼きは、お茶漬けの味だと気がついた。
未来に疲れた 懐かしや銀座 湖山泰成
