男が、泣ける場所
暮れは、役員会や、幹部会議で、緊張する事が多かった。
当然、大勢の幹部を前にしているので、鎧を着て、剣を振り回す事になる。
皆が投げて来るボールを打ち返す、千本ノックとなる。
問題が起きるのも、計画が予定通り進まないのも、仕方がない事なのだが、事後の対処が遅い事には、流石に、腹が立つ。
施設の部下が可哀想になる。
火を消すには、迅速な報告と行動が必要なのだが、その自覚と努力が伴わない幹部がいる。
情けない。
只々、現場の職員に申し訳ないと思うばかりだ。
最近は、激昂するばかりだ。
医療福祉でも、経営面では、しんみりと心が洗われるような気持ちになるような事にはならない。
この、気持ちが、たかぶったままの、フル戦闘モードは、なんだ。
頭の中では、イエローアラートの警報が鳴り続けている。
こんな、気持ちになるのは、最近、映画を映画館で、観ていないからだと思う。
1人深夜、寝室のテレビで映画を観ても、泣く事はない。
何故だろう。
孤独な世界では、涙は、心の友とはならない。
父は、医師として、プロフェッショナルとして、人に涙を見せなかった。
病院に勤めるプロフェッショナルは、患者、家族の前で涙を見せない。
私は、父の涙を見た事はない。
但し、一度だけ、寝室から聞こえてくる嗚咽を聞いた事がある。
父方の祖母を亡くした時だ。
祖母をお見舞いに行った病院でも、いつも父は、見守るだけで、口数は少なかった。
担当主治医との会話も、そっけなかった。
でも、この人も、医師である前に息子であったのだなと、初めて気がついた。
私自身は、両親を看取っても、泣く事ができなかった。
その後の問題が大きすぎて、頼りになる者もなく、1人、鎧を身に纏って、多くの敵と戦う心構えをするしかなかった。
私に哲学を教示してくれた恩師は、その道では、大家で、いつも、自分は学者ではなく、哲学者であると、自負していた。
それくらいの名誉教授でも、人生で立ち直れない程、敗北に打ち負かされる事があった。
教え子達に、離反されたのである。
本人曰く、日本には、大の男の大人が、本気で泣ける場所がないのだと、嘆いていた。
自宅でも、大学の研究室でも、泣く事が許されない。
山手線を一周した挙句、百貨店のトイレで、一日、号泣していたのだと言う。
尊敬する恩師の泣き言を聞いても、子弟の私には、がっかりする事も、軽蔑する気持ちも起きなかった。
哲人と言われた、この人も、人間なのだな、と納得するしかなかった。
私にとって、しみじみ泣ける場所は、映画館しかない。
それだけでも、恵まれているのだろう。
新年、1人で、朝一番、映画館に行って来た。
泣くためではない。
笑いたかったのだ。
血糖183 体重75.2 チョコレートに牛乳、コーヒー
最近、午前中の映画館には、孤独な爺さんばかり 前期高齢者ど真ん中 湖山泰成
