礼儀作法と教養

ユーチューブで、ユーチューバーの様々な意見、主張を聞いている。

段々、不快になる。

強い、自己主張が、他への誹謗、中傷、非難へと広がって行く。

自分の一方的な正義しか、認めない。

ネットでは、歴史観も、多様性も感じられない。

どこで、社会の有り様が、違ってしまったのか。

何が足らないのか。

ネットを消して、古い作家の随筆を読むようにしたら、気がついた。

今の時代は、礼儀作法と教養が欠けているのである。

言い方を変えよう。

今の時代は、礼儀作法が必要でなくなったのである。

昔は、手紙や電話で相手の都合を聞いてから、訪問する。

ご自宅でも、事務所でも、手土産を持って行く。

玄関での、初対面のご挨拶が基本である。

靴の脱ぎ方、置き方から気をつける。

相手も見ている。

相手への話も、主題の前に、玄関の置物や絵を褒める。

お互いの教養を、計っているのである。

私の時代は、この、礼儀作法が身に付いていないと、他人に会う事ができなかった。

教養がないと、相手にされなかった。

年寄りになって、社会が鬱陶しくなるのは、周りの人間に、礼儀作法と教養を感じなくなるからである。

そういう価値観の老人が、周りから、疎まれるようになるのである。

お説教をして、嫌われないように我慢するから、ブスッとして不機嫌な顔になる。

そうでないと、頑迷な老人は、怒鳴り始めるのである。

本人の抑制が効かなくなり、自分の方が、礼儀作法に反し、教養のない人間になってしまうのである。

今日の私の日記は、大人の礼儀作法と、教養に反する。

こういう雑文を我慢して読むのも、老人に対する礼儀作法である。

血糖139   体重76.0   アイスクリーム4本 寝ているだけなのに、何故、お腹が空くのだろう。

父から教わった、旧制高校の学問とは、専門ではなく、リベラルアーツ、教養だった。

私が学んだ高校は、旧制高校の流れで、図書館の蔵書は素晴らしかった。

図書委員長、写真部部長 湖山 泰成

銀座湖山日記

Posted by Meguro