日本棋院100周年

昨夜は、日本棋院100周年の祝賀会に出席して来た。
本来ならば、父が、出席したかったであろう。
父の趣味は、囲碁、将棋、ゴルフだった。
10代は、戦争の頃で、食べ物も、お金もなく、囲碁と将棋しか娯楽がなかったそうだ。
でも、他にも、麻雀については、自分は東大医学部永世名人だと自慢していた。
少なくとも、泰成君のオムツ代は、麻雀で稼いだと教わった事がある。
父は、普通は、物事に淡白だが、勝負事には、執着心が強かった。
とにかく、最後迄粘るのだ。
諦めないのだ。
終盤戦になると、時間がかかる。
ロングパットになると、どんな長距離でも入れようとする。
相手をいくら待たせても、気にしない。
そして、結構、終盤戦でひっくり返してしまう。
相手は、父の粘り腰に諦めて、勝負を早く決めようと最後には勝負を投げてしまう。
麻雀は、自分が勝つまで、相手を引き留めて帰さなかった。
父は、月一回は、自宅の離れで、友人の医師を集めて徹夜麻雀をしていた。
泰成君は、お菓子を運んだり、後ろから覗き込んだりした。
普段、静かな父が、ゲームなのに、本気で熱くなって夢中になっているのが不思議でならなかった。
でも、父は、私には、麻雀は勉学がおろそかになると言って、許さなかった。
囲碁と将棋は、奥深く、到底、父には叶いそうにもなかったので、私の方から、逃げて、近づかな買った。
今は、後悔している。
父と、対戦してみたかった。
100年、一昔。
100年前は、昭和天皇の御成婚があった。
また、日本将棋連盟も生まれた。
どういう時代だったのだろう。
100年経って、時代はどう変わろうとしているのだろうか。
中国の老人ホームのコンサルをしていた頃。
75歳以上のシニアのアジア国際囲碁大会のスポンサーに、なろうとした事があった。
この世代の選手なら、日本が優勝できるのではないかと、密かに思ったのだ。
私の世代では、難しいかもしれない。

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湖山G代表 サンダーバード代表 健康の駅理事
経営は定石にあらず 湖山 泰成

銀座湖山日記

Posted by kobayashi