米を研ぐ
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泰成君は5歳。
夕方になると、台所に立つ母のエプロンを握って、母がコメを研ぐのを見ている。
シャ、シャと言う母の手が奏でえる音は、美味しい期待をそそる。
その頃の実家は、井戸と水道があり、井戸の水は冷たくて美味しかった。
米を研いだ後の、母の白い手は冷たく氷のようだった。
泰成君は12歳。
お腹が空いて、夕飯はまだかと台所に行くと、母はこれから料理に取り掛かるところ。
買い物籠には、いつものネギが入ったままだ。
そういえば、母の料理には、いつも刻んだネギが使われていた。
母は、広い台所で、お手伝いさんと並んで料理を始める。
これからお米を研ぐところ。
手元を見ると、お米を研ぐ金属製のボウルは、薄茶色で、多少凹んでいる。
そんな古いのは、買い換えたらと言ったら、母は答えた。
これは、嫁に来た時に持って来た。
このボウルがすり減って穴が開くまで、使うつもり。
一生、このボウルでお米を研ぐの。
死ぬまでね。
そう答えた母の姿は、神々しく、幸せそうだった。
最近、私も、自宅で1人で米を研ぐ。
施設のある町村から、新米を買う。
2合も炊くと、多いのだが、炊けるとすぐに冷凍して、3日かけて食べる。
炊き立ては、イクラとタラコとシャケと胡麻を、かけて食べるのがお好みだ。
解凍後は、牛蒡茶で、お茶漬けにする。
小さな網で米を研ぐのはやめて、その母のボウルを探し出して来た。
まだ、台所にしまってあった。
母の台所道具と食器はそのままにしてある。
そのへっこみのある、薄茶色になった、アルミのボウルは半世紀前のままだ。
そのボウルで、米を研ぐのだが、流石に手で研ぐのは諦めて、ヘラで研いでいる。
軟弱在宅ソロキャンプの私の料理は、いつも母の思い出とある。
米を研ぐ音は、日本のリズムだと思う。
パルスオキシメーター 98・98・99
体温36.6 血糖166
詩人 代表 湖山 泰成