父の生誕記念日を超えて

8月20日の、父の誕生日会が、父を偲ぶ生誕祭となった。
これからは、この日が幹部職員との父理事長を偲ぶ為の、船旅の日となるだろう。
コロナ禍で、なかなか集合できなかった幹部職員同士が集まる。
そして、昔を思い、談笑出来ることの安らぎに、嬉しそうだった。
やはり、実際に会う事が必要だ。
その事が1番必要なのは、私自身だった。
父は、現場が全て、診療が全て、職員第1。
その経営を体現し、支えるのが私の職責だった。
湖山Gの幹部は、私の足らない事を補うように、多数の現場を立ち上げ、維持し、新人を育てて来た。
でも、他にもある。
代表の私が、困難に立ち向かう時に、私の心を支えてくれて来たのだ。
戦闘の意思ではない。
戦闘モードになっていても、医療福祉の志の本分を忘れないように穏やかで、平静であるように。
これは、母の役割だった。
父ばかり見て、世の中を渡って来たつもりだったが、船の上から、洋上に漂う花びらを見つめていると、それは、母の顔に見えて来た。
実は、母には、いつも、叱られてばかりだった。
家庭も、子供もいない風来坊に、人を導く資格はないと。
仕事を控えて、まともな生活をしろと。
母とは、人生観が違うと思ってきた。
今は、年を取ると、いつも家にこもって、庭の手入れをしていた母の姿が思い出される。
実家には、洗濯物を持って、寝に帰るだけだったから。
性格や、生き方、人生観は、実は母親の影響が大きいと思う。
社会は、父を通して学んできたが、生活は、母から教わった。
息子としては、劣等生ではあったと思う。
昨日は、親と子の映画祭を主催した。
親子で、映画を観た思い出を作って欲しいと始めた。
人生の思い出を。
将来、子供は、必ず、幼少の頃に親と観た映画を思い出す。
親の思い出として。
これが、不思議で、テレビに関しては、思い出がない。
茶の間で、家族で観ていた筈なのだが。
これが、劇場映画の魅力、記憶なのだと思う。
これからも、親子の映画祭は続けて行きたい。
そして。
これから、実家の荷物の断捨離をする。
両親の服も処分した。
これが、1番きつかった。
スーツを捨てようとすると、それを気にって着ていた父の姿を思い出すのだ。
母の好きな、外出の時にしていた指輪は、妹の手の指にある。
父の服の一部は、職員に譲った。
父の愛用の紐ネクタイは、私が持っている。
それ以外に職員と分かち合うのは、父と母の思い出だけだ。
湖山を継ぐ者。
それは私だけではない。
14000人の仲間全てだ。
そう思いたい。
これから、両親の部屋をオフィスにする。
職住一体の在宅オフィスにする。
スーツに見えるパジャマを新調したい。

パルスオキシメーター 96・98・98
体温36.3 血糖175

湖山山頂の小屋主 代表 湖山 泰成

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