経営者の人生

人間とは、多様なようであっっても、どこか共通点は見つかる。

成功する人と、失敗する人との違いは、どこか。

悪い事をして、上司を裏切る人を、どうやって見分けるのか。

経営者に求められる、経営上の問題は、職員の能力と、人間性の見極めだ。

能力よりも、その人の人間性、道徳性の違いをどう見極めるか。

勿論、絶対的なものはない。

映画国宝でも、テーマになっていたが、優秀な継承者は、血筋か能力か、どちらであろうか。

実際は、環境、時の運とでも言うしかない。

その時の、周りの人間達の動き、言動にも左右される。

大企業の次の社長は誰か。

次の派閥の領袖、そして党首、総理は誰になるか。

誰が相応しいか。

42年、創業者で、沢山の職員を採用し、処分もして来た。

今は、関係職員は、14000人もいる。

どのような人間を採用し、どのような人間が辞めていったか。

正直に言えば、どのような人間が昇進し、成功したか。

どのような人間が悪事を行い、辞めて行ったか。

どのような時に、上司に嘘をつき、経営者を裏切るのか。

これは、数えきれない私の経験からすると、結論は、やらせてみなければ判らない。

成功は、担当1人の力ではない。

必ず、周りの人の協力が必要。

協力を得られるかどうかは、これは、性格、人格、品格にも関わる。

裏切られる経営者、裏切る部下。

これは、わからないようでいて、今はわかる。

皆、自分は正しいと思い込んでいるのである。

誰も、自分は悪い事をしているとか、恩義のある人を裏切っているとかは考えたくない。

でも、何故か、正義は、後からついてくる。

誰もが、自分は悪くないとの理屈をつけて、納得できるのだ。

でも、その人の心の内は、本人は、自分を騙せても、他人には気づく場合がある。

それは、言葉一つ、目線一つで、感じるものだ。

私の場合は、報告、相談までの時間、期間や、報告の仕方でもわかる。

どれくらい、問題は深いのか。

どれくらい、問題解決の可能性が残っているのか。

そして、報告者は、責任を感じているのか、責任を回避しようとしているのか。

報告にくる人間は、大抵は、責任を感じず、責任回避の為に相談に来る。

決定権は、私にあるのだが、さも、自分にあるように錯覚し、それでいて、責任逃れをする。

責任感のある幹部は、いつまでも、自分で戦い続けている。

私が、止めて、問題を私が引き取るまで。

自分が破綻するまで、問題を抱えてしまう。

早く、報告して、私の指示を聞いて、実行すれば良い事を、意地になって、問題を引きずってしまう。

これは、経験の無さと言うより、自己保身の表れなのだ。

自分と部下の双方の傲慢と、自己保身。

この事に気がつくようになると、過ちを正せる経営者になる可能性がある。

でも、それは、幸せな人間になる道を、諦める事にもなる。

母は何時も言っていた。

経営者は、失敗しても、成功しても、家族を不幸にする。

だから、経営者などになってはいけない、と。

母は、もう一つ大事な事を言い忘れていた。

経営者本人も、幸福になれないのだ。

成功すれば、する程に。

これは、天罰か、人の恨みか。

どちらであっても、天の報いとして受け入れるしかない。

成仏とは、ほど遠い。

経営者は、阿修羅の道を行くしかない。

最近は、人を恨まなくなって来た。

人間が、出来てきたわけだはない。

強くなったわけでもない。

辛さに慣れて来たのだ。

心は、鍛える事はできない。

麻痺して、無神経になるだけなのだ。

老齢の経営者とは、悲しいものだ。

経験とは、時には、忘れたいものでもある。

血糖95  体重76.5   茹でたての温かい蕎麦が美味しい。

音を立てずに、静かに蕎麦を食べる。   江戸っ子 湖山 泰成

銀座湖山日記

Posted by Meguro