課題と責任
50年前、父の友人の東大の工学部の教授は、コンピューターの将来は、たいした事は無いと言っていた。
鉄腕アトムの電子頭脳の世界を期待していた私は、がっかりした事を覚えている。
それから、半世紀も経っているのだから、劇的に進歩しても当たり前なのだが、最近のAIの進歩、成果には驚かされる。
これは、コンピューターが大した事は無いと言うよりは、意外と人間は単純なのだと理解している。
DNAの構造を見ても、意外に単純なので、がっかりしてしまう。
神様は、意外にシンプルなのだろう。
人間は、複雑なのではなく、情報処理能力、データ保存能力が低い。
言い方を変えれば、情報処理の効率が良いのではないか。
画像が粗くても、形態の理解ができると思えば、情報処理能力が合理的とも理解できる。
さて、最近、AIによって、リストラされる職種が、現実的に顕現されて来た。
会計士、行政書士、弁護士、医師、プログラマーなども、そのリストに入っている。
私は、これからは、AIを使いこなせるか、否かの問題で、人間は新たな仕事を見つけると思う。
現在、航空機の運転技術の多くは、コンピューターが行なっているが、必ず、人間パイロットが搭乗している。
最後まで、人間に残されている仕事は、何か。
課題の設定と、最後の責任だと思う。
運転は出来ても、目的地の設定は、人間がする。
つまり、最終責任の問題だ。
良かった。
経営者の仕事は、なくならない。
経営者の最終業務は何か。
破産だ。
悲しいが。
血糖188 私が、AIに与える命題。
GODIVAを超えるチョコは存在するか。
哲学的命題だ。
自分は、哲学の学者ではなく、哲学者であると、恩師は言っていた。
私は、道を求めず、ただただ、彷徨っていたい。
価値の優劣を決めることは、避けたい。
だから、災害救命でのトリアージは辛いのだ。
ベットサイドの傍観者 湖山泰成
