医師の働き方改革
3年前の、公的病院の若い勤務医の話。
部長クラスの自分の上司を見ていると、自分の将来に夢を持てない。
この病院で頑張って働いていても、上を見ると、あのようになりたくない。
だから、辞める。
その若い医師は、同僚の若い医師と在宅医療の診療所を都心で開業した。
また、ベンチャー企業の顧問になり、政治家を目指すと言う。
私の印象は、父の世代の医師と言うより、六本木ヒルズで会う、若手経営者に近かった。
個人の栄達、成功、お金儲けが人生の目的で、医師としての職業に対しての特別な自覚はないように思えた。
東大の医学部から、高給なゴールドマンサックスに就職する学生が、毎年一定数いるとも聞いている。
医学部出身が、全て臨床医になる必要はない。
起業家でも、映画監督でも、俳優でも、アーティストでも、その才能を発揮したら良い。
日本の医学部は、国家資格の臨床医と言う職人になる事を期待し過ぎているのかも知れない。
もっと、基礎研究や、政治家、官僚になっても良いのかもしれない。
今度は、最近の医学部、大学教授の話である。
医師の働き方改革のせいで、若い医師は、5時に帰ってしまう。
その皺寄せで、部長以上の役職者が、大学病院から帰れない。
院長も副院長も、現場に張り付いている。
これでは、幹部になった自分達も、やってられない。と。
日本の大学病院の院長、副院長、部長は、管理業務、会議、教育業務が多すぎる。
それで、診療もしている。
日本の医療界は、上も下もやってられないと、嘆いている。
それでも、何とか、医療現場を支えている。
でも、若手医師から、逃げだしているのだ。
最近の直美と言われる、卒業と同時に、美容整形、医療脱毛の大手診療所チェーンに就職してしまう現象は、その現れだ。
元々、それなら、何故、医師になったのだと、年長者は問いたくもなるのだが、それは、現代では通用しない。
医師も労働者、サラリーマンだと割り切れば、その通り。
でも、職人、アーティスト、経営幹部役員と見ればどうか。
その権限と責任から見れば、企業の執行役員並みと見るべきだろう。
ならば、タイムカードで就労時間を管理される一般従業員と一緒にすべきだろうか。
総理大臣にも、経営者にも、ワークライフバランスなどあるわけが無い。
私には、公私混同もない。
公私一体。
私は、仕事も、勉強も、戦いも、慰めも、喜びも、悲しみも、職場の同僚と一体なのだ。
でなければ、職員へのメッセージのこの日記を、毎日、こんな時間に書いて送ったりしない。
私にとって、この日記は、毎朝の瞑想であり、祈りであり、魂の叫びなのだ。
その老人の懺悔のような、嘆きを読んでくれる、この日記の読者に感謝をしている。
今は、35年前のバブル崩壊の世の中に似ている。
法律で律せられている、社会保障の医療福祉ですら、これから崩壊すると、私は予想し、怯えている。
その奈落の滝を目前にして、湖山艦隊の指揮をする。
船長は、最期まで、船を降りるわけには行かない。
学会で立派に発表を務めた、湖山Gのスタッフの為にも、私は、前線から逃げる事は出来ない。
血糖95 久しぶりに、我が家の冷蔵庫の扉を開ける。牛乳が切れていた。牛乳を飲むのを止めようと考えたのだが、悩んでいる。
自分の食事改革は、一向に、進まない。
老人の個食は、孤食であるが、気楽だ。
こだわりの2層仕立てアーモンドチョコレート 湖山 泰成
